テントを語る

カンタンタープ開発者・白石徳宏 今だからこそ、テントを語る。-テント開発の背景篇-

数あるワンタッチタープの中でも、国内販売数量NO.1を記録し続けるカンタンタープ。しかし最近では、他社の完成品を中国工場に持ち込みコピーさせるだけの安価な商品が、ネットショップなどで販売されています。テントを作ってきた人々の想い、ユーザーがないがしろにされることへの危機感。カンタンタープの開発者であり (株)ニューテックジャパン代表の白石徳宏が、今だからこそテント屋たちを代弁して語ります。
まずは、こだわりのその背景となったテント屋の歩みから。

INDEX
1.未知の中国へ。
そこには、常識を超えた世界が待っていた。
2.世界中のアウトドアメーカーのテントが
中国で作られる。
3.誰もが楽しめるアウトドア製品を。
その思いが、会社設立と新製品に込められている。
4.「こんなものが売れるのか」疑いは驚きへ。
そして、カンタンタープとニューテックジャパンが誕生。
5.カンタンタープに込められた揺るぎない理念。
そして感謝の念を抱いて。

1.未知の中国へ。
そこには、常識を超えた世界が待っていた。

「アメリカに行きたい」

二十歳の頃の僕は、日に日に海外への思いが募っていました。学歴もなくアルバイト暮らしの日々。僕がどうにかなるには、海外へ飛び出すしかないと思っていたあの頃。
久々に父と会った際にその思いを伝えると、父からの言葉は「中国へ行かないか」という意外なものでした。

当時の父は、『クエストジャパン』という韓国系テントメーカーの日本法人を立ち上げたばかりで、発展途上の中国に信頼できる人間を在駐させたいと思っていたのでしょう。僕も選べるような状況ではなかったので、中国へと旅立ちました。
とはいえ、世間知らずの若者が海外に出たからといってすぐに成長できるわけでもなく、自分の甘さや弱さを痛切に思い知ることになります。

1992年、中国福建省の地方都市厦門へ。
待っていたのは、異文化による環境の違いと教育の差、発展途上による貧しさ。労働も過酷なら生活環境も過酷。朝から深夜まで働き、寮に帰ればエアコンもなく南国は眠れないほどの暑さ。食事も食べたことのない料理ばかり。韓国人の上司と中国人の同僚の中で日本人は一人だけ。
しかし、ここでの貴重な3年間が、今日の自分の礎を築いてくれたのです。

2.世界中のアウトドアメーカーのテントが
中国で作られる。

一般的には知られていませんが、テントという製品はOEM(外注)で作られます。自分はクエストジャパンの親会社にあたる『進雄』という韓国系テントメーカーで、世界で名だたるテント製造に携わることになりました。日本の有名メーカーをはじめ、米国や欧州のテントもここで製造されていたのです※。 折しも90年代初頭はアウトドアブームに入るとき。世界中のテント情報はもちろん、様々な国のアウトドアメーカーが『進雄』に集まってきました。そして僕自身、日本のアウトドアメーカーのほとんどとお付き合いさせていただき、テントの勉強をさせてもらったのです。

※(メーカーはARP,シェラデザイン、ケルティ、ウェンゼル、ラフマ、インタースポーツ、カベラス、コールマン、ノースフェース、リテーラーはウォールマート、Kマート、バスプロショップ、アメリカのGMS,etc/関わった国は アメリカ、カナダ、ブラジル、オーストラリア、日本、韓国、台湾、中国、スリランカ、ドミニカ、ウラジオストック、フランス、ドイツ、イタリア,etc / 日本のテントメーカー 十数社と取引)

中国に渡った当初は、知り合いもなく、日々の暮らしに追われていた僕も、共に仕事をしていくうちに、韓国人や中国人の仲間が増えました。
そして厳しい環境は、逆に言えば密度が濃く、急速に経験を積んでいけたのです。次第に製品開発や企画も手がけるようになり、自分が考えた新しいスタイルのテントを次々に商品化。タープ、メッシュスクリーンや3ポールテント、現在に至るファミリーテントのデザイン、山岳用テントやコンビネーションポールなど、今日ではアウトドア業界でスタンダードになっている製品が、この時期にたくさん産み出されていきました。

また、この時期に手がけた製品はテントだけではありません。1995年からはアウトドアファニチャーや寝袋を作り、北は大連、天津、北京、そして上海、南は福建、広州など、中国の地方の多くの下請け工場と付き合ってきました。中国は広大で、山を越えれば別の国といわれるほどです。文化や習慣はもちろん、言葉や環境も多種多様。この国の大きさや可能性を感じつつも、課題は山積し、一つの問題を解決しても終わりがありません。失敗を繰り返しながら、問題の多くは人災であり、未熟な経験による管理だと気づかされました。

異国での厳しいビジネスを体で学ぶことで、自分の甘さや弱さを思い知った反面、多くの海外の友人を作ることができました。それは今でも大きな財産になっています。海外とビジネスをしている日本人は数多くいますが、日本人一人、後進国の会社に勤めながら海外の仲間と助け合い、業界の成長と共に歩んできた日本人は希ではないでしょうか。

最近、グローバルという言葉をよく聞きますが、異文化を尊重し、理解し合い、忌憚なく話し合い、そして互いに楽しめるようになれなければ、本当のグローバルとはいえないでしょう。彼らと表層的な付き合いをしているだけでは、通常のビジネスはおろか、「満足できる高品質なもの」をつくることは決してできないと思っています。

3.誰もが楽しめるアウトドア製品を。
その思いが、会社設立と新製品に込められている。

大きな経験が得られた中国での3年間。日本に帰国後も数多くの有名アウトドアメーカーのOEMを担っていました。しかし1998年。アジア危機と呼ばれた世界的な金融破綻の影響で、親会社である『進雄』がアメリカのウォールマート系の投資会社に買収され、クエストジャパンも大きな転機をむかえることになりました。

折しも会社がどうなるかわからないとき、日本の最大手流通グループから「量販店で売れるような新しいテントはないだろうか」という声がかかったのです。
当時の日本でアウトドアといえば、宿泊型のキャンプとBBQ。スポーツ量販店もホームセンターも同じような商材一辺倒。売れている商品があれば、メーカーも販売店も類似品を安く作るばかりのコピービジネス。

これでは、顧客も何が本物なのかわかりません。急激に伸びたアウトドア市場が急速に落ち込もうとしている中、顧客が求めているような新しいことにチャレンジする会社はいませんでした。

僕は欧米のメーカーと接するうちに、ごく自然にアウトドアを楽しんでいる世界を知り、「もっと自由にアウトドアを楽しんで欲しい。もっとアウトドアの敷居を下げたい。」という気持ちを抱くようになりました。そんな時にキャンプだけの商品だけでなく、量販店で売れるような商材として頭に浮かんだのが、当時米国で人気を博していた『EZ-UP』というワンタッチ式タープです。
1998年、これだと思い、カンタンタープの開発に着手しました。

4.「こんなものが売れるのか」疑いは驚きへ。
そして、カンタンタープとニューテックジャパンが誕生。

『カンタンタープ』の開発には、これまで学んだテントの経験を注ぎ込み、日本の天候、日本の収納事情、扱いやすい製品サイズ、製品重量、材質の選定、屋根やフレームの形状など、独自の技術を結集させました。またこれに伴い、優れたアイデアは特許を取得できることになりました。ここにジャパンオリジナルのカンタンタープを完成させたのです。

本物の開発は、必要なものは足し、余計なものをそぎ落とし、検証を重ねた結果、完成されたデザインになります。これしかないという形やサイズや材質に到達します。何も語れない類似品には、この設計に至った開発過程がなく、製品にも顧客にも思い入れがありません。思いがあるからこそ魅力があり、お客様に選ばれる理由があるのです。

名前も難しい横文字よりは、「分かりやすいから、カンタンでいこう」の一案で決定。0から出発したこだわりは、現在の製品へと受け継がれています。
しかし、このカンタンタープのデビュー当初は、アウトドアメーカーの反応が決して良くなく「こんなものが売れるのか」という否定的な意見が多くありました。しかし、一緒にチャレンジしていただいたイオン、DCMグループと、目をかけていただいていた大手流通グループを通してテスト販売したところ、記録的な早さで完売。否定的だったアウトドアメーカーも大いに驚き、今ではワンタッチタープを抜きでは語れない新しいアウトドア市場が創造されたのです。

このカンタンタープがデビューした1999年、クエストジャパンを閉鎖し、同時にニューテックジャパンを設立。新しい第一歩を踏み出したのです。
会社設立と自社製品。この2つには共通する理念があります。それは“妥協しないクオリティ”と“オリジナリティによる創造”です。ベストを尽くした品質があり、イノベーティブな製品でチャレンジしていくことです。

5.カンタンタープに込められた揺るぎない理念。
そして感謝の念を抱いて。

若い頃は、数多くの製品を世に送り出してきましたが、失敗も多くあり、中には品質で深刻な問題も抱えたことがあります。また、市場が伸びているからといって安易な乱開発を繰り返し、その結果新商品とは名ばかりの製品で、お客様の期待に応えることができずに市場をシュリンクさせてしまったこともあります。

全ては自分の経験の未熟さゆえ。その猛省から、ニューテックジャパンは、中国をはじめ海外の素晴らしい仲間と共に、どんなに環境が変わろうとも決して変わらない理念を胸に邁進しています。

アウトドアレジャーを特別なものではなく、もっと多くの方に気軽に手軽に楽しんでいただくために。私たち「テント屋」の想いと創意工夫はまだまだ続きます。次の機会にはカンタンタープをはじめとする私たちの製品について、そのこだわりを語っていきたいと思います。 〈次回に続く〉